前記事から1年、新たな視点も加えて富士通の核心に再度迫ってみたい
前記事・・・個別株予想に挑む~IBMと係争の果てに~過去の主戦場メインフレームと決別した富士通の行く先は
【前置き】
富士通の個別株予想をリリースして約1年、前記事は社史から富士通という会社への理解をするアプローチでした。創業家統治企業や財閥系企業、法に基づく特殊会社といった「主ある企業」と違い、富士通の企業統治は「主なき企業」の企業統治です。前記事ではそれ故の壮絶な権力争いが日常茶飯事として起こってきたことがよくお分かりいただけたと思います。
それは富士通が、過去にいち早く成果主義の人事制度を取り入れことや、最近ジョブ型雇用にどこよりも早く飛びついたことなどと無関係ではありません。「主なき企業」は企業として戦う前に、経営陣は子飼いの部下で周りを固めたり、決算をよく見せるためにリストラをしたり、時間を稼ぐために新しい人事制度を導入したりする必要があります。富士通の歴史はまさにその歴史でした。
【考察1】経営指標で見えること
【経営指標】 | 富士通 | IBM |
---|---|---|
時価総額 | 3兆8036億円 | 1347.7億ドル(18兆8678億円) |
PER(株価収益率) | 15.9倍 | 63.0倍 |
PBR(株価純資産倍率) | 2.11倍 | 6.1倍 |
ROE(株主資本利益率) | 13.54% | 9.7% |
ROA(総資産利益率) | 6.52% | 1.6% |
ROIC(投資資本利益率) | 11.60% | 3.03% |
総資産回転率 | 1.14回 | 0.47回 |
配当性向 | 21.7% | 281.3% |
配当利回り | 1.31% | 4.47% |
一般的にアメリカ企業のROEは高いのですが富士通とIBMは逆になっています。これには日本IT業界独特のピラミッド構造が大きく関係しています。ITゼネコンと呼ばれるように、ごく一部の大手元請けと下請けの力関係は大きな差があります。IT企業ピラミッド構造の頂点に立つ企業の一つである富士通は、手間仕事は一次下請に回します。一次下請は更に二次下請に回します。このメリットを最大限甘受している富士通のROEは日本企業としては極めて高くなっています。その弊害は技術の綻びです。富士通には自前のエンジニアは多くありません。容易に首が切れるアメリカ企業と違い固定費がかさむからです。下請けから下請けへ回される仕事は緻密さや一貫性に欠けます。富士通は極めて大きな技術的失敗を国内外で数多く犯しています。
一方IBMは日本企業以上に年功序列のはっきりした極めて官僚的な会社です。IBMの前記事で指摘しましたが、見事なまでの年功序列で経営を紡いできた歴史です。しかし、高い技術は自社技術で合併した企業さえ自社の企業文化に染めてしまう強いカラーを持っています。それでいて、企業として存亡の危機に直面した時は、年功序列を脱ぎ捨てて外部のプロ経営者に身を委ねるアメリカ企業の冷徹さも持っているのです。
その2社の経営指標は、日米が逆転したのかというくらい経営効率の良い富士通と、極めて経営効率の悪いIBMを示しています。技術の破綻を示すことのある富士通が孤高を保ち株主への配当は低く、量子コンピューターでも存在感を示す高い自社技術力のIBMは株主へ精一杯の配当を行っているのです。富士通は後で述べるように数多くのシステムトラブルを各国で引き起こしていますが、日本でも、進出している英国でも、富士通を外す動きは全くありません。深く国内の基幹システムに組み込まれているため外せないのです。従って株主に配当で報いる必要はあまりありません。一方IBMはアメリカにおいて絶対的ではありません。米国防省との契約でもマイクロソフト、インテル、オラクル、アマゾンなどそうそうたるメンバーの一員に過ぎません。株式市場からの資金調達は研究開発費捻出にどうしても必要です。高い株価維持のため高配当が必要なのです。
【考察2】ジョブ型雇用という呼び方に過ぎない
富士通の現CEO時田氏は、就任時よりジョブ型雇用を採用し会社変革の起爆剤にしようとしました。富士通の人事制度は新しいものにすぐに飛びつきます。前記事でも今回の記事の【前置き】でも結論は同じことになります。おそらく何も変わらないでしょう。
ジョブ型雇用は名ばかりで実態は旧来からのパートナーシップ型雇用です。欧米のジョブ型雇用を実践しようとするならば、会社の構造自体が全く違うことにならざるを得ません。コラムを一読していただけると違いはわかるのではと思います。コラム記事は同じものを前記事にも貼り付けておきましたのでご了承下さい。
【考察3】技術の富士通という虚像
- 2002年みずほ銀行で大規模なシステム障害が起こりました。これには富士通はじめ3社が関わっていました。第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行が合併したみずほHDは各社別々の基幹システムを持っていました。
- 2005年東京証券取引所で誤発注が発生し取り消しできず数百億円の損失を与えました。基幹システムは富士通製です。
- マイナンバーカード利用の証明書誤交付が相次ぎ、大きな問題となりました。この証明書交付システムは富士通製でした。大規模点検後も誤交付は発生し利用停止に追い込まれています。
- 2020年10月東京証券取引所の売買システムで障害が発生。取引を終日取りやめました。売買システムarrowheadは富士通製です。東証2005年のトラブルに続いての致命的なシステム障害です。
- 2021年みずほFGは新しく構築した基幹システムMINORIを稼働させましたが、またしても大規模なシステム障害を起こしてしまいました。原因はみずほ側とされていますが、この基幹システムは富士通製です。
- 英国における2020年の裁判で冤罪が明らかになった郵便局員のスキャンダルがあります。イギリスで富士通UKの郵便局経理システムのバグにより現金が合わず、2000年から2014年にかけて郵便局員数百人が横領の罪で投獄される冤罪事件が起こっているのです。
- 2022年企業官公庁向けインターネットシステムでサイバー攻撃を受け、大規模な情報漏洩が発生しました。しかし、富士通はこの事実に8ヶ月間気づかず行政指導を受けています。
このように富士通の大規模システム障害は致命的かつ大規模であり、しかも枚挙に暇ありません。ITゼネコンと呼ばれるIT業界のピラミッド構造が関わっているのは間違いありません。多重下請けというピラミッド構造の中では、システム障害の原因究明は困難という致命的特徴があります。なので繰り返します。しかし基幹システムが富士通である限り、富士通外しはできないのです。
国家の基幹システムに深く浸透している日本国内と、英ICLを買収して富士通UKとなっている英国では、これからもDX(デジタルトランスフォーメーション)の流れの中で、着実に利益を伸ばしていくでしょう。他方企業として純粋に勝負しなければならない欧米でのシェアは殆ど無いのです。
【考察4】CEOの企業統治は効いている、追い風もある
富士通凋落の起点秋草社長が就任したのが1998年、そこから2010年まで実権を持ち続けました。実権を手放してから3代目の社長が今の時田氏です。先代と先々代のCEOは、秋草氏の終戦処理と方向転換で多くのエネルギーを費やしました。そのような「主なき企業」富士通経営陣にとってリストラは欠かせません。ROEは改善し株価に寄与します。
2019年3月前CEO田中社長時代の早期退職制度で45歳以上の社員2850名が応募しました。その前年に5000名規模の配置転換を行っておりターゲットとなった人がいたのは事実でしょう。2022年3月、現CEOの時田社長は早期希望退職を実施、50歳以上の国内幹部社員3031名が応募しています。
富士通が苦しんでいるのは事実です。未だ最適解が見つからず人事制度や早期希望退職や事業売却に組織変更と多くのことを行ってきました。時田社長がメインフレーム事業から撤退しても達成したかったテクノロジーソルーション事業での利益率10%は達成できず先送りです。テクノロジーソルーション企業に変貌するには多くの強敵に打ち勝つ必要があります。NTTデータPITON、AmazonkのAWS、Microsoft Azure、アクセンチュアなどに打ち勝っていかなければならないのです。
時田社長も長期政権を目指し、影響力を残して会長に退かなければならないのなら後がありません。前CEO田中氏は2020年に会長を退任し現在は空席です。業績の後押しさえあれば時田氏を脅かす存在はありません。決して成功とは言えない成果主義をベースとして、幹部社員への名ばかりのジョブ型雇用で戦う集団に変貌できるとは思えませんがDXという時代が応援してくれているのです。
【結論】売買方針
DX(デジタルトランスフォーメーション)の流れがある限り富士通の下値不安はあまりありません。日本の国家中枢に組み込まれている富士通基幹システムは不祥事があっても簡単に外せません。リストラ効果と低配当はROEを向上させます。ITピラミッド構造は依然として存在し続け富士通の効率経営は続くでしょう。利益が順調に伸びれば株価にも反映してくるはずです。
しかしエクセレントなカンパニーではありません。ITピラミッド構造はこれからも効率化と引き換えにシステム障害を引き起こすでしょう。このピラミッド構造に甘えている以上、これは防ぎようがないのです。投資家にとって配当は魅力ですが、国家中枢の基幹システムに組み込まれ、決して外されることのない富士通は配当に手厚くなることはありません。高配当は期待しないほうが良いでしょう。メインフレームを捨てメーカーからクラウド事業の土俵でITソリューションで勝負する道を選びました。自社メインフレームを持っていたからこそ有利に戦えたのであって、他社製クラウドコンピューターでITソリューションのコンサルがそう簡単にできるとは思えません。
強味と弱味を踏まえると、企業価値が向上したわけではなくDXという追い風の中で好業績を甘受している姿が現れます。一本調子で上がり続ける銘柄ではないだろうということになるのです。2万円を超えてくれば早々に決めた株価で売却手仕舞いではないでしょうか。売却価格については規律を持って判断すべきかと思います。ずるずると長期保有しても、今まで論じてきた弱みの部分は簡単に脱却できるものではなく、企業価値が大きく変貌していくとは思えないからです。
「主ある企業」NTTデータにはITソリューションの分野で絶対勝てないと思う。ホールディングス化して「主ある企業」の頂点に立つのが、成果主義とかジョブ型雇用とかやるよりはるかに構造改革だと思うけど。
※個別株予想は、あくまで個人的見解を示したもので、投資を勧誘や推奨するものではありません。
過去の実績や未来の予想は投資成果を保証するものではありません。
売却を勧めるものでもありません。
投資の判断は皆様ご自身の決定にてお願い致します。