常に比較されるソニーとパナソニックは創業家との関わり方が現在の明暗を分けたかもしれません。会社の歴史を理解すると現在位置の輪郭が見えてくる気がするのです。
創業家との対立で、背中を追ったソニーのようなコングロマリット(多業種複合企業体)にはなれなかった
パナソニックは創業家との対立の過程でたくさんのものを捨ててしまいました。多くの人事抗争により最適なリーダーを選べなかったかもしれません。創業家統治制の企業のままなら強力なコングロマリットになっていた可能性が強いのです。
創業家にも知恵がなかったし、経営陣も創業家排除イコール会社の近代化という間違った野心があったのです。
パナソニックは伸びる会社か伸びない会社か~創業家を軸に株価を予想する
今までの企業分析とは全く違う方向から分析します。冒頭でも述べたように何故今があるのか遡ってみてみませんか。
「パナソニック」っていう会社変わるかもと思い出した瞬間
パナソニックは以前は松下電器とかナショナルとも呼ばれていました。私達の身の回りの家電製品にたくさんあります。私もテレビはVIERA(ビエラ)だしパン焼き機も買いました。
少し前、洗濯機が調子悪くてパナソニックのドラム式洗濯機を見に行ったときのことです。高級機種についてはメーカー指示価格で下げれませんというのです。
「いやいやそんな、どうせすぐ値段下がるだろ」と心のなかで思いながら他の電気店を回っても同じ回答に同じような値段、結局洗濯機は故障ではなかったので買い替えませんでした。
数カ月後ネットで確認すると、たしかに値段は変わっていません。独占禁止法なんかに抵触しないのかと思って調べると、どうもメーカーが売れなかった在庫の買取保証をしている代わりに価格を下げないという取り決めらしいです。
興味が湧いてパナソニックを調べると、2022年4月から純粋持株会社へ移行、いわゆるホールディングスというやつですね、に組織変更となっているではないですか。
更には日本マイクロソフトの社長もしていた逸材、松下電器出身の樋口氏を再度迎い入れたとか色々記事があるわけです。これは何かが変わったかもと思い調べ始めました。
創業家という物差しで過去を測ったら株価とシンクロした
パナソニックの株価が上がるか下がるかは普通に分析してもわからないんじゃないか
前編(1)のソニー編でも書いたんですが、2010年頃のブログやYou Tubeのソニーの株価予測の記事や動画を見ても、業績の解説に終止していたり株価予測してもほぼ全て当たっていません。
明日の株価がどうなるかは誰もわからないのは当たり前なんですが、企業は人が経営しています。
ならば日本の総合エレクトロニクス企業として有名で、しかも盛田昭雄と松下幸之助という有名な経営者がいて創業家の興亡があったこの巨大なソニーとパナソニックという2社を、創業家という物差しで予測してみようと思ったんです。
調べていくと何故こうなったのか疑問が次々湧いてきてどんどん過去に遡っていきました。
まず最近の記事からですが、「パナソニックは2021年10月事業部制を廃止して事業再編、2022年4月からはパナソニックホールディングスとし純粋持株会社となり各事業を子会社化する。」とあります。
前編(1)をご覧になった方は分かると思うんですが、結果的にソニーの後を追うように分社化していますが、ソニーグループと比較すると子会社化の歴史は非常に遅れていて急です。
それは何故か。💡ポイントは偉大すぎた創業者松下幸之助の呪縛です。歴代社長は松下幸之助氏が1933年日本で始めて導入した事業部制の廃止と復活の間で揺れました。
ここはさっと流し読みして頂いて結構です。興味があれば歴代社長達の系譜や記事を読み込んでみてください。
第6代(2000年-2006年)中村邦夫社長は事業部制を廃止しました。反創業家の立場が強い方で創業時の松下電器産業の社名までパナソニックに変えてしまったほどです。
代7代(2006年-2012年)大坪文雄社長は中村邦夫会長体制に組み込まれてしまい事業部制廃止を継続しています。
第8代(2012年-2021年)津賀一宏社長は中村・大坪体制で進められた方向性を今度は全く否定して事業部制も復活させました。
経済専門誌の評価は、中村邦夫社長が事業部制を廃止したため、営業と技術を分離し顧客の声が技術に届かなくなったのを、事業部制を復活させ、営業の声が技術に反映されるように戻した津賀一宏社長が会社の救世主となっている記事が多いです。
💡ここからがポイントです。創業家という物差しで測ると売上と株価は完全にシンクロします。時代を遡ると、創業家と対立し混乱が生まれ創業家が退場してしまう過程で松下電器の大きな停滞が続いたのであって事業部制を取ったか取らなかったかの制度の問題ではないことがわかってきます。
創業家制度というのは世界ではファミリー企業と呼ばれ、このような経営形態が優れていることは世界の常識です。日本の企業はこの点完全に勘違いしていてます。経営近代化のためには創業家を排除しなければならないと思っている経営陣が多くいるんです。
創業家制度に関しては前編(1)の創業家と対立したパナソニックと創業家が自滅したソニー~創業家が退場し普通の企業になったのか(1)に詳しく書いてありますので読んでいない方は是非ご一読ください。
創業家制に代わり得る企業統治ホールディングス
2022年4月パナソニックは純粋持株会社のホールディングスになりました。創業家はもはや力を失っていて退場しています。だから創業家に変わる存在が必要なんですがホールディングスはそこにピッタリハマるんですね。
これから話していきたいと思いますが、パナソニックホールディングスが子会社を創業家に代わって、創業家が本来あるべき姿、すなはち経営陣を庇護し大きな革新的決断ができる体制にすることこそが今後パナソニックが飛躍するのに重要なんです。
堅苦しく言うと「監督と執行の分離」が鍵ということですね。
サムソン、LGはコングロマリット型財閥企業です。そして創業家の強い庇護とグループの強い資金力のもと強い専業子会社(サムソン電子やLGエレクトロニクス)がグループを引っ張っています。各財閥は複雑な家系のようですが創業家が支配しています。この企業統治が崩れない限り繁栄は続くはずです。
歴代社長の系譜をみてみる~創業家との対立の歴史が株価や業績とシンクロ
ちょっと歴史の教科書みたいになってしまいましたが、時代を追って考察していく必要がありご容赦ください。何故今に至ったのか疑問を紐解いていきたいと思ったのです。
なので年表は斜め読みしていただいて結構です。興味があれば読んで下さい。後ほど解説をしてます。
株価や業績を見ていく上で、企業統治としての創業家との対立を軸としていますので、その物差しで各社長達の創業家への姿勢と能力をランク付けしています(能力と創業家へのスタンスを見える化)。
【松下電器産業~パナソニック~パナソニックホールディングス歴代社長・会長】
歴代社長 | 活動 | 事業売却、買収、リストラ | 特記事項 |
---|---|---|---|
(松下電器産業) 01代 1935年-1961年 松下幸之助 息子正治氏の経営能力の無さを見抜いており早期引退を願っていた | 1933日本で始めて事業部制導入、研究開発から販売、会計に至るまで全て独立採算制とした。 | ||
02代 1961年-1977年 松下正治 能力☆ 1961年-1973年松下幸之助代表取締役会長創業者 1973年-1977年高橋荒太郎代表取締役会長 | |||
03代 1977年-1986年 山下俊彦 創業家中立△能力☆☆☆ 1977年-2000年松下正治代表取締役会長 | 松下幸之助の指名で25人抜きで社長に就任。家電メーカーから総合エレクトロニクスメーカーに押し上げた。 事業部制を堅持した。 | 「幸之助氏の孫というだけで、副社長になるのはおかしい」との発言は有名 | |
04代 1986年-1993年 谷井昭雄 反創業家X能力☆☆ 1977年-2000年松下正治代表取締役会長 | 会社近代化のため創業家松下正治氏と対立。 ナショナルリース事件と欠陥冷蔵庫事件で人事抗争はピークに達し松下電器は没落していく。 | 1990MCA買収(ユニバーサル映画) | 1989松下幸之助没 1991.9ナショナルリース事件 1992.5欠陥冷蔵庫事件 |
05代 1993年-2000年 森下洋一 創業家忠誠O能力☆ 1977年-2000年松下正治代表取締役会長 | ハードへの回帰を経営戦略の柱とする。 創業家3代目松下正幸氏の社長就任のため尽力したが、そのために多くの経営判断を誤った。 | 1994.3ゲーム機3DO REALをパナソニックブランドで発売。 1995.4MCA売却(ユニバーサル映画)ハードとソフトの融合の夢は散った。 1996市場から3DO REAL姿消す。 | 1996創業家3代目松下正幸氏副社長へ |
06代 2000年-2006年 中村邦夫(テレビ事業出身の本流)反創業家X能力☆ 2000年-2006年森下洋一代表取締役会長 | 破壊と創造を掲げ2001事業部制を廃止、2003年一時的に効果上げるも新事業創造ができず。 プラズマディスプレイ事業推進。 | 2000.6松下正治氏の長男正幸氏、社長になれず代表取締役副会長へ。創業家世襲が途絶える。 | |
07代 2006年-2008年 大坪文雄 創業家失権-能力☆ 2006年-2008年中村邦夫代表取締役会長 反創業家X能力☆ | |||
(パナソニック) 07代 2008年-2012年 大坪文雄 創業家失権-能力☆ 2008年-2012年中村邦夫代表取締役会長 反創業家X能力☆ | 事業部制廃止継続 2012.3最終赤字7,721億円 | 2011パナソニック電工(松下電工)、三洋電機と経営統合、売上規模8.69兆円 | 2011.4松下正幸副会長長男の幸義氏入社(創業家ひ孫) |
08代 2012年-2021年 津賀一宏(テレビ事業出身の本流)創業家退場-能力☆☆ 2012年-2013年大坪文雄代表取締役会長 創業家退場-能力☆ 2013年-2016年長榮周作代表取締役会長 2016年-2021年長榮周作取締役会長 | 2013.3最終赤字7,650億円 2013営業と生産現場の技術との連携の必要性から事業部制復活。 2014.3プラズマディスプレイ事業撤退 2019液晶事業、半導体事業から撤退 2020太陽光パネル事業から撤退 | 2014テスラと合弁でリチウムイオン電池生産工場ギガファクトリー1着工 2021ブルーヨンダー7700億円で買収 2021.3テスラ株を全て売却 | 2019.2松下正幸氏副会長退任し特別顧問へ。創業家役員途絶える。 |
09代 2021年- 楠見雄規(テレビ事業出身の本流)持株会社移行O能力未知数ー 2021年- 津賀一宏取締役会長 持株会社移行O能力☆☆ | 2022.4純粋持株会社へ移行 |
ホールディングスという進化形態へ姿を変えていくまで~黎明期
松下幸之助の創り出した事業部制が最後まで会社を揺らしました。
※氏名横のコメントと記号は創業家との対立を軸としていますので、その物差しで各社長達の創業家への姿勢と能力をランク付けしています。
(松下電器産業社長)
初代(1935年-1961年)社長 松下幸之助氏 創業者能力非常に高い☆☆☆☆
経営の神様と言われ様々な書籍も出ているのでここでは特に書く必要もないと思います。
1933年日本初の事業部制導入し、研究開発から販売、会計全て独立採算制としました。これは創業家が統治する企業なら現代でも非常に優れた制度だと思います。ただこれは最後まで松下電器を揺さぶりました。
そして創業者松下幸之助氏と娘婿の争い。一人娘の婿養子として経歴は申し分のない正治氏を迎えましたが、幸之助氏は早くに正治氏に経営の才がないことを見抜き、後継者にしたくなかったようです。
こんな偉大な経営者がなぜ社長にしたのか調べながら不思議でした。何故社長就任後もその座から降ろせなかったのか不思議だったんですが、「苦楽をともにし借金に実家を駆けずり回った妻のむめのと娘の幸子に頭が上がらず、不本意ながら1961年に正治を後継者にして、いったんは引退する」という記事を見つけ納得できました。幸之助氏の優しい一面ですね。
ただ女系家族の面々はその後の創業家資産管理会社である松下興産の興亡とも関係してますが、それは後の【用語解説】で確認してください。
第2代(1961年-1977年)社長 松下正治氏 創業家2代目能力☆
1977年の社長退任後も2000年の第5代社長森下洋一氏まで長きにわたり代表取締役会長として権勢を振るいました。これは次の第3代社長の山下氏が、この方は非常に創業家と的確な距離を取り「監督と執行の分離」を理想的な形で任期を全うしたかたなのですが、社長退任後、会長に就かず相談役に退いてしまったんですね。それで正治会長がそのまま代表権を持つ会長の座を23年間も務めたというわけです。
この23年間の創業家と経営側の権力闘争は松下電器の業績の足を大きく引っ張り続けました。第3代社長山下俊彦氏のように創業家との距離感をうまく取れる経営陣が続けば違っていたはずなんです。でも経営の近代化イコール創業家の排除という間違った選択をした経営陣が2000年以降続きます。
東京帝大から三井銀行を経て松下幸之助氏の娘婿として松下電器に入社した正治氏でしたが、幸之助氏に経営者としての能力の無さを見透かされていて自尊心がかなり傷つけられたようです。エリート意識が高かったんでしょうね。ただここで正治氏は起死回生の手を打ちます。
当時自分の後継社長を、幸之助氏の考える本命を差し置いて山下俊彦氏を熱心に推薦したんです。人事案が変更となったのに妻幸子氏の強力な後押しがあったのは想像に難くありません。
幸之助氏が存命の間は思うように経営にかかわることが出来なかった正治氏ですが、1989年幸之助氏没、正治氏78歳にしてついに最高意思決定権者となりました。ここから権力闘争は更に激化し松下電器の没落が始まります。
創業家との絶妙な関係性と距離感が会社を飛躍させた~勃興期
第3代(1977年-1986年)社長 山下俊彦氏 創業家(幸之助氏)へ中立△能力☆☆☆
正治氏の後押しで25人抜きで社長に就任しました。創業家からの指名で社長就任となったのですが、創業家に忖度することはなく会社運営にあたりました。
💡重要事項の協議は新設の常務会とし正治氏の出席を拒否しました。一方で会社の近代化のため幸之助氏の番頭だった4人の副社長、専務を退任に追い込んだのです。幸之助氏からは批判されましたが、会社近代化のための公正な姿勢を最後は幸之助氏も認めました。
創業家と距離を置いた山下社長を自由に経営させた幸之助氏も流石です。💡このような「監督と執行の分離」こそ企業統治の理想に近く会社の繁栄を約束する今回の論点のポイントの一つです。
山下氏は就任以来毎年のように最高決算を計上しました。子会社ビクターのVHS開発の手柄を親会社の松下電器が共同開発にして横取りしようとしたことを許さずビクターを団結させ(まさに会社の自主独立を促し見守る創業家と会社経営陣の関係性と同じです。企業統治の理想的関係ですね。)、9年間の社長時代に売上高、営業利益をそれぞれ2.6倍に押し上げました。松下電器を家電専業メーカーから総合エレクトロニクスメーカーに方向転換させたのです。
幸之助氏から「正治会長を引退させ経営に口出しさせるな」という命は成し遂げられず次期社長の谷井氏へ引き継がれます。そして山下氏は社長退任後会長職にはつかず取締役相談役として経営から身を引きました。幸之助氏の番頭もいなくなった正治会長は暴走を始めます。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)はパナソニックが経営していたかもしれなかった!~動乱期
第4代(1986年-1993年)社長 谷井昭雄氏 反創業家(2代目正治氏)✗能力☆☆
会社の近代化のため創業家で会長職の松下正治氏と対立しました。会社近代化に努めた山下前社長からの指名者だけあって大変有能な方でした。ところが、山下前社長からの申し送り事項、「幸之助氏が息子正治氏の早期引退を望んでいる」を実行するべく正治氏に会長職の辞任を迫り続けたため、壮絶な人事抗争へと展開していくことになります。
谷井氏は能力は高かったのですが、真正直すぎて創業家を利用する老練さがなかったのと創業家側の正治氏も幸之助氏が見抜いた通り会社を経営陣に任せる度量のあるような人ではなくこれが相互に作用し悪い方向へ共鳴し合った結果、業績は伸び悩みました。
そのような対立の最中、社内の意見がまとまらないまま正治会長はMCA(ユニバーサル映画)買収を決断、コロンビア映画を買収したソニーへの対抗心から谷井社長も結局追認しました。(後に松下電器を単なる出資者と認識していたハリウッドの大物MCAワッサーマン会長と子会社と認識していた松下電器が対立することになります)
人事抗争が更に激しくなる中で起こったナショナルリース事件と欠陥冷蔵庫事件は創業家に利用され谷井氏は遂に辞職に追い込まれてしまいます。
前社長でこの当時相談役であった山下氏は、正治会長から不祥事を責め立てられ切り抜けるために腹心の副社長2人を切ってしまった谷井社長の手際の悪い手法に呆れたといいます。創業家を庇護者として利用するくらいのズルさがあれば全く違う結果になっていたはずです。
第5代(1993年-2000年)社長 森下洋一氏 創業家(2代目正治氏)忠誠◯能力☆
谷井社長は次期社長に森下氏を指名しましたが、人事抗争の中で正治会長への説明役として重宝した森下氏を指名したのはいかにも真正直で何事にも詰めの甘い谷井社長らしい決定でした。
社長就任後は一転し創業家松下正治氏に忠誠を尽くします。関学バレーボールの運動選手枠で入社。
液晶事業への投資縮小、MCA(ユニバーサル映画)売却(ハリウッドの大物MCAワッサーマン会長のCBSへの資本参加要請に応じる決断ができず激怒させた)、松下、ソニー、フィリップスの3社での規格から東芝が提唱していたDVD規格に乗り換え(採用されていれば入る莫大な特許料を失う)、ゲーム機3DOの失敗など数々の経営上の過ちを重ねています。
創業家松下正治会長の長男正幸氏(創業家3代目)が1996年副社長へ昇格、社長まであと少しとなりその人事遂行のため誤った経営判断を繰り返しました。
1997年第3代社長で現相談役の山下氏は「幸之助氏の孫というだけで社長になるのはおかしい。能力がない。」と発言し物議を醸したのは有名な話です。常に創業家に忖度すること無い態度を取り続けた方でした。
結局、創業家資産管理会社の松下興産の清算に至る経営危機が最終的な引き金となり正治会長が退任、正治会長長男の正幸副社長は副会長ポストに棚上げされて社長の夢は潰え去りました。
森下社長は正治氏への最後のご奉公でしょうか、問題発言をした山下相談役、第4代社長で現相談役の谷井氏の2人の改革派を退任させ中村氏を次期社長に指名しました。
如何に創業家とうまくやろうとも、正治会長と森下社長の、創業家出身3代目社長を復活させる目的のための数々の経営判断の誤りは目を覆うばかりです。創業家が企業経営者を庇護し思い切った経営判断をさせる図式とはかけ離れたものになってしまいました。
それにしても逃した魚は大きく、💡MCA(ユニバーサル映画)を持っていればユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)はパナソニックが経営していたかもしれないのです。
「経営の神様」松下幸之助氏の創った事業部制の呪縛~迷走期
第6代(2000年-2006年)社長 中村邦夫氏 反創業家(3代目正幸氏)✗能力☆
テレビ事業出身の本流でしたが、1987年から10年間米英現地法人トツプを務めたため創業家との柵なく創業家が築き上げた態勢に大鉈を振るい改革を進めました。
「破壊と創造」(新事業の創造は出来なかった)を掲げ事業部制を廃止(製造から販売の一貫体制が崩れ営業の声が届かなくなると後に評価された)、プラズマディスプレイ事業を推進(赤字を重ね最大のお荷物になっていく)しました。
赤字転落後の2003年にV字回復を遂げ一時的に成果を上げましたが、会長時代を含め12年間の長期政権の間、松下通信工業、九州松下電器、松下電工、三洋電機などを次々と完全子会社化し規模の拡大を図ったにも関わらず就任当時の時価総額6兆円は会長退任時の2012年5分の1にまで激減させてしまったのです。
何がいけなかったのでしょう。プラズマディスプレイの推進?規模の拡大?そうとは思いません。
会社と自身の存続のため、社内での立場強化の人事と決算をよく見せることが目的となってしまい経営判断を誤ったからです。創業家に力があり、中村氏を庇護しその決断を支え続けていたらどうなっていたでしょう。後の経済誌などの批評は結果論です。
事実、有機EL事業は採算に乗らず日本企業が撤退しても、💡創業家が支配するコングロマリット型財閥企業である韓国LGはやり遂げることが出来ました。今やLGエレクトロニクスの独壇場で、パナソニックの有機ELパネルは全てLG製です。
プラズマテレビ事業の敗北などで2012年3月期は7721億円という過去最悪の赤字に転落しました。
💡創業家の影響力がなくなり庇護者を失った企業経営者が、こうなるという見本のようになってしまいました。
中村氏は自分の影響下にある役員を多数配置し大坪氏を次期社長に指名しました。
第7代(2006年-2008年)社長 大坪文雄氏 創業家(3代目正幸氏副会長へ棚上げ)失権-能力☆
中村氏は会長就任後もトップであり続け意見を異にする役員を徹底的に排除し長期政権を築きました。大坪社長は任期を通して中村会長に従い、事業部制廃止は継続されました。
企業経営者が庇護者なく自ら判断する企業統治形態では決算と人事にとらわれて未来に向けて大きな決断は出来なかったのは明らかです。
中村・大坪体制は経営判断の誤りを繰り返します。ですがこれも結果論で、創業家が力を維持し経営判断を庇護していれば、経営陣は反対派を排除したり無益な労力を使わず、クリアな経営環境でプラズマでも3Dでもやり遂げていたかもしれないのです。
(パナソニック社長)・・・社名変更
第7代(2008年-2012年)社長 大坪文雄氏 創業家(3代目正幸氏副会長へ棚上げ)失権-能力☆
2011年パナソニック電工(松下電工)、三洋電機と経営統合8.69兆円の売上規模へ。大坪社長は2010年「我が打倒サムソンの秘策」を文藝春秋に寄稿、円高や法人税の高さなどを不利な理由に上げていましたが、法人税は下がり円安になってもその通りにはなりませんでした。
液晶は3Dで勝負する、インド市場でサムソン、LGに勝つ、全てその通りにはなりませんでした。
2012年3月最終赤字7,721億円を出し社長を退任し会長職に就くも、経営不振の責任を引きずり任期途中の2013年会長職を辞任することになったのです。
繰り返しますが、💡パナソニックの長きに渡る不振は企業統治の仕組みであって、「我が打倒サムソンの秘策」が証明したように創業家の支配するサムソンには現在の態勢では勝てないのです。
事業部制復活からホールディングスへ~松下幸之助氏への回帰~変革期
第8代(2012年-2021年)社長 津賀一宏氏 創業家失権から退場へ(3代目正幸氏副会長が退任)-能力☆☆
テレビ事業出身の本流。それまでの前中村会長体制の経営改革方針とは一線を画し2013年に12年ぶりに事業部制を復活し2014年にはプラズマテレビ事業から撤退しました。更には中村会長時代に経営統合した旧三洋電機関連の事業と人材を整理していきました(三洋電機の白物家電事業ハイアールへ売却)。要するに反中村前会長ということです。
ただ💡各事業部のムダや浪費をチェックする部署を設けたため本社管理のもと復活した事業部制が活性化したとはいえませんでした。松下幸之助氏の名言「任せて任せず」ではなく、「任せず任せた」のが実情だったのではないでしょうか。
不採算事業の液晶事業、太陽光パネル事業からの撤退、住宅事業をトヨタとの合弁会社でホールディングスとなる「プライム・ライフ・テクノロジーズ」に移管し、車載用電池もトヨタとの合弁会社に移管した(トヨタ51%事実上トヨタが吸収)。プラズマテレビ事業、個人向けスマートフォン事業からも撤退しました。
次々と不採算事業を整理して、態勢スタート時の2012年3月売上7.84兆円から社長退任時2021年3月売上6.94兆円と減少したのです。
テスラの車載用電池もずっと利益が出ず(テスラとギガファクトリーへ共同出資)白物家電と電設関係の従来型事業以外で好調な事業はなく、新規事業は生まれませんでした。
復活させた事業部にチェックをかけるような企業統治のあり方では当然だと思います。ただ事業部制を復活させ持株会社移行への流れを作った点は企業統治に大きな変化をもたらす可能性の種を撒きパナソニック復活の道筋をつけたと感じさせる方でした。
外部人材の招へいに積極的で、かつて松下電器に入社して日本マイクロソフトの社長を務めた樋口泰之氏を呼び戻したり、SAP(欧州最大級のソフトウエア会社)より転身した馬場渉氏を執行役員に迎えたりと柵のない人材起用も行い復活への本質を突いた人事だと思います。
2021年には7700億円を投じサプライチェーンマネジメントのソフトウエア企業として世界最大でリカーリングビジネスで大きな利益を上げているブルーヨンダー社を買収しました。ソニーのリカーリングビジネス成功を横目で見ていたのでしょうか(ソニー平井社長が導入し復活の推進力となった。前編(1)参照下さい。)。
投資金額に見合わないとか色々と論評されますが、ホールディングスとなった後の独立した子会社パナソニックコネクト㈱の傘下に入るこのブルーヨンダー社を、監督者であり庇護者の立場のホールディングスが迷いなく支えれば有益な投資だった事になるはずなのです。
大坪会長が2012年3月期7721億円の赤字の責任を取る形で任期途中の2013年会長職を辞した後、パナソニック電工(旧松下電工)出身の長榮周作氏が会長に就任しています(2011年の経営統合に不満を持っていた)。
持株会社への移行を視野に入れ、リカーリングビジネス導入への企業買収などソニーの後追いをしているように見えるパナソニックですが、純粋持株会社形態での企業統治が機能すれば事業は好転していくはずです。惜しむらくは過去の人事抗争でコングロマリットとは呼べないパワー不足な事業構成になってしまっている事なのです。
💡9年間の津賀体制で稼ぐ力が無いことを証明してしまったパナソニックの根本原因は企業統治の仕組みです。
事業部を復活しても管理しては元も子もありません。純粋持株会社に移行後にその子会社群が活性化して新しいものを生み出すかどうかは奇しくも松下幸之助氏の「任せて任せず」の名言が鍵ではないのでしょうか。
津賀氏は楠見氏を次期社長に指名し代表権のない会長へ退いきました。
経営に影響力のない立場に潔く退いたのも、企業統治の本質を理解していた方だからではないでしょうか。子飼いの役員を多数配置して会長に退いた第6代社長中村氏とは引き際がずいぶん違うものだと思います。
子会社の独立性への覚悟が鍵~飛躍期
パナソニックはホールディングスになり今後成長するかどうか。
第9代(2021年- )社長 楠見雄規氏 持株会社移行◯(ホールディングスで創業家制機能復活)能力未知数 予測☆☆
テレビ事業出身の本流。2022年4月純粋持株会社へ移行します。各独立事業会社のトップを持株会社の役員が兼任することはないとしました。「各事業会社が、社会やお客様と向き合い、自主責任経営を徹底し、競争力強化を加速することになる」と述べています。
この方は、プラズマテレビ事業を終息させ三洋電機にルーツを持つ車載用電池事業をトヨタとの合弁へ移管させるなど構造改革を主導した人物なのですが、松下幸之助氏の経営に回帰を信条としている方でもあります。
幸之助氏の名言「任せて任せず」は、持株会社の本来の性質「監督と執行の分離」と通ずるものがあります。トヨタとの車載用電池事業合弁に関わった時、創業家が「監督」しているトヨタ社員の考える力に感心した逸話からも企業統治の本質をかなり理解していると見えます。
純粋持株会社化によりグループ活性化と新事業育成の企業統治の仕組みは整ったと考えられます。
ただ始まったばかりです。企業統治が効いているかどうかはまだ何も証明されていません。
ホールディングスCEOとしての覚悟を政策ウォッチングから今後確認できた時は、パナソニックの飛躍が始まるはずです。
そこでホールディングスが子会社にどれだけ関与しているのか、各子会社の役員を検証してみました。
下表の氏名赤字が持株会社役員と重複です。持株会社が関与していないのはパナソニックエナジーとパナソニックオートモーティブシステムズの2社だけなんですね。
ソニーと比較してもコングロマリットではないので業種が偏っているのと本社が関与しない会社のボリュームが弱いのか見て取れます。
そして最近の決定事項欄で特筆するものが少ないです。
💡まだホールディングスとして機能しているのか覚悟の程は伺えず、まだ何も証明されていないと言わざるを得ません。
【パナソニックホールディングス傘下の主要子会社の役員一覧】
会社名 | 役員 | 最近の決定事項 |
---|---|---|
パナソニックエナジー㈱ 車載電池をはじめとしたエネルギー事業 | 只信 一生(CEO)高本 泰明副社長執行役員渡邊 庄一郎副社長執行役員福留 一孝常務執行役員三木 勝常務執行役員溝口 正晃常務執行役員(CFO)長野 修常務執行役員(CIO)中雄 三郎常務執行役員(CLO)奥長 秀介常務執行役員田中 邦生常務執行役員(CSO)山際 勇 | 2022.10.31北米カンザス州において車載用電池工場新設 |
パナソニック エンターテインメント&コミュニケーション㈱ テレビやデジカメなどの事業 | 代表取締役豊嶋 明代表取締役井原 敏明 取締役楠見 雄規取締役本間 哲朗 | |
パナソニックコネクト㈱ BtoB向けソリューション事業 ブルーヨンダー社を傘下に持つ | 樋口 泰行代表取締役片倉 達夫代表取締役 楠見 雄規取締役梅田 博和取締役 | |
パナソニックオートモーティブシステムズ㈱ コックピットシステムなどの車載事業 | 代表取締役社長執行役員永易 正吏 代表取締役上席副社長執行役員田村 憲司取締役副社長執行役員水山 正重 | |
パナソニック ハウジングソリューションズ㈱ 住宅設備や建材事業 | 代表取締役山田 昌司、西尾 匡史 取締役楠見 雄規、本間 哲朗、梅田 博和、 | インドで日本メーカーとして初のシステムキッチン現地生産発売 |
パナソニック インダストリー㈱ デバイス事業 | 坂本 真治代表取締役佐藤 高治代表取締役 楠見 雄規取締役本間 哲朗取締役梅田 博和取締役 | |
パナソニック㈱ 白物家電や空質空調事業 | 代表取締役品田 正弘、中島 美憲 取締役春田 真、Harold George Meij(ハロルド ジョージ メイ)、西川 久仁子、 楠見 雄規、本間 哲朗、梅田 博和、 | スウェーデン・システムエア社空調事業の全株式を1億ユーロで取得 |
パナソニックオペレーショナルエクセレンス㈱ 間接部門のサービス提供事業 | 代表取締役佐藤 基嗣代表取締役笹埜 智彦 取締役三島 茂樹取締役小川 立夫 取締役少德 彩子取締役梅田 博和 |
【パナソニックホールディングスの役員一覧】
取締役会長 津賀 一宏 | 代表取締役/社長執行役員 楠見 雄規(グループCEO) |
代表取締役/副社長執行役員 本間 哲朗グループ中国・北東アジア総代表 | 代表取締役/副社長執行役員 佐藤 基嗣(グループCRO) |
代表取締役/副社長執行役員 梅田 博和(グループCFO) | 取締役 松井 しのぶ |
取締役 野路 國夫 | 取締役 澤田 道隆 |
取締役 冨山 和彦 | 取締役 筒井 義信 |
取締役/副社長執行役員 宮部 義幸 | 取締役/執行役員 少德 彩子 |
※歴代社長の創業家への姿勢と能力のランク付けは、あくまで読者が読みやすくするための目安で独自判断によるものです。企業統治としての創業家との対立を軸としていますので、その物差しで各社長達の創業家への姿勢と能力をランク付けしています。
パナソニック予想~今後の株価は上がるのか下がるのか
企業統治の形は整った。後は覚悟があるかどうか。
ここまでパナソニックの歴代社長をなぞりながら歴史を追ってきました。
創業家2代目松下正治氏との人事抗争がパナソニックを大きく毀損してきたのは間違いありません。
しかし、3代目山下社長のように創業家とうまく付き合えば創業家庇護の元、純粋に経営の大きな決断が出来ます。
💡創業家を駆逐することが企業の近代化という間違った考えの社長達が松下電器を停滞させたのは間違いありません。ひいては日本企業全体のそんな風潮が日本の企業を弱体化させていったのだと思います。
パナソニック(松下電器)は、そこに気づかず事業部制を廃止したり復活させたりしましたが意味がないことです。
それは無意味な「組織改革」と「前任者の否定の施策」の繰り返しでした。
やっと第9代楠見社長になりソニー後追いの感はありますが、企業統治の土俵には乗りました。
しかし、多くの子会社にホールディングスの役員が入っており、息がかかったままでは「監督と執行の分離」とはならないのではないでしょうか。覚悟が見えません。
これから各事業会社がどのような決断をしていくのか、ホールディングスがどのように企業統治するのかを見ていかなければ大きく飛躍するかどうかはわからないと思うのです。
常識を疑おう。前近代的経営と思っていたものが実はそうでなかったら。
創業家が企業統治している会社は古いという前近代的な考えが日本中を覆っています。
10年前に「我が打倒サムソンの秘策」を大坪社長が文藝春秋に寄稿、そして現在韓国衰退論がまことしやかに囁かれています。
サムソン、LGに代表される韓国の創業家企業統治型コングロマリットは日本企業より優れています。「我が打倒サムソンの秘策」は見事に否定され、韓国衰退論は10年後に否定されるでしょう。
💡日本企業が企業統治に問題があるから競争力を失っていることに気づかなければ韓国には負け続けるはずです。
創業家型企業統治と同じような「監督と執行の分離」の機能を持つ仕組みは、
①ホールディングスのような持株会社化、
②国営企業が民営化し国が企業統治に株式保有で力を持っている国家関与形態、(INPEX、NTT)
③旧財閥企業のように相互求心力や相互支援が働く相互集団的企業群(三菱商事、住友商事)
などで、これらが最先端の企業統治です。
これが前近代的だと断定し解体しようとするなら日本企業は更に弱くなるでしょう。
前編(1)の世界のファミリー企業を見て下さい。他にも数多ファミリー企業は世界にあります。
パナソニックの株価予測をする。その先は一人ひとりの情報感知能力。
現在パナソニックの株価は1,300円近辺で最近は上昇気味です。
しかしほぼすべてのアナリストは中立のままです。彼らは一般投資家より重要な情報をより早く手に入れます。それでも強気予想ではありません。エクセレントカンパニーへ脱皮するかもしれないという確証が持てないのです。
買い急ぐ必要はありません。まだ飛躍の確証がない現在、やがて株価は下がり始めると思っています。
1,000円/株あたりまでは下がれば買いの決断を検討していいと思います。(そこからさらに下がるかどうかは誰にもわかりません)、企業ウォッチングをしながらホールディングスとしての企業統治の成果として大きな投資や買収などがあり飛躍に確信が持てたら買い増す姿勢を取ればよいです。
確信を持てたら多少1,000円より高くても保持したほうが良いでしょう。
何を見るか、企業統治の結果、子会社が新規事業につながるような、可能性を感じる大きな経営判断(投資や買収)をしたときです。
ホールディングスとしての企業統治がしっかり決まっていれば、子会社の社長は人事抗争に巻き込まれることはありません。ホールディングス役員とのコミュニケーションが取れていれば大きな経営判断の後ろ盾になります。新たな経営判断の兆候となる情報を感知しましょう。
それはちょっとした身の回りの出来事だったりするのです。
※個別株予想は、あくまで個人的見解を示したもので、投資を勧誘や推奨するものではありません。
過去の実績や未来の予想は投資成果を保証するものではありません。
売却を勧めるものでもありません。
投資の判断は皆様ご自身の決定にてお願い致します。
前編は創業家と対立したパナソニックと創業家が自滅したソニー~創業家が退場し普通の企業になったのか(1)です。